釧路地方裁判所北見支部 昭和59年(ワ)68号 判決 1986年5月20日
原告 (兼亡稲田修司承継人) 稲田威
<ほか二名>
右原告ら法定代理人後見人 小田嶋孝悦
右原告ら訴訟代理人弁護士 村岡啓一
被告 大谷春治
被告 金星北見ハイヤー株式会社
右代表者代表取締役 吉野常男
<ほか一名>
右被告両会社訴訟代理人弁護士 田中登
主文
一 被告大谷春治は原告ら各自に対し、それぞれ金八九九万八四〇四円及びこれに対する昭和五八年五月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告金星北見ハイヤー株式会社及び同東京海上火災保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、原告らと被告大谷春治との間においては、原告らに生じた費用の三分の一を同被告の負担とし、その余を各自の負担とし、原告らとその余の被告らとの間においては、全て原告らの負担とする。
四 この判決は原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告大谷春治、同金星北見ハイヤー株式会社は原告ら各自に対し、連帯してそれぞれ金八九九万八四〇四円及びこれに対する昭和五八年五月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告東京海上火災保険株式会社は原告ら各自に対し、それぞれ金六六六万六六六七円及びこれに対する昭和五九年七月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
(被告両会社)
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
(被告大谷)
同被告は適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しない。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (原告らの身分関係)
原告らは、いずれも旧原告亡稲田修司(以下、修司という。)と亡稲田喜代子(以下、喜代子という。)の間の子である。
2 (事故の発生)
(1) 日時 昭和五八年五月二一日午前一時八分頃
(2) 場所 北見市北進町二五〇番地先信号機により交通整理の行なわれている交差点(以下、本件交差点という。)
(3) 第一事故車 被告大谷春治運転の普通乗用自動車(登録番号 釧五五ひ四八八号)
(4) 第二事故車 亡内田数敏運転の普通乗用自動車(登録番号 北五五あ二四〇一号)
(5) 態様 喜代子が乗客として同乗中の第二事故車が本件交差点に銀座通り方面から三輪方面に向けて進入した際、置戸方面から北見方面に向けて交差道路から本件交差点に進入してきた第一事故車と衝突した。
(6) 結果 喜代子は同日午前一時三〇分頃北見中央病院において本件事故に基づく脳脱により死亡した。
3 (責任原因)
(1) 被告大谷は第一事故車を運転し、自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(以下、自賠法という。)三条に基づき後記損害を賠償する責任がある。
(2) 被告金星北見ハイヤー株式会社(以下、被告金星ハイヤーという。)は第二事故車を所有し、これを同社従業員内田数敏に運転させて一般乗用旅客自動車運送事業を営み、もって第二事故車を自己のため運行の用に供していたものであるから、自賠法三条に基づき後記損害を賠償する責任がある。
(3) 被告金星ハイヤーは被告東京海上火災保険株式会社(以下、被告東京海上という。)との間で、第二事故車につき死亡保険金限度額二〇〇〇万円とする自動車損害賠償責任保険契約を締結していた。本件事故は右契約の保険期間内に発生し、かつ、前述のとおり被告金星ハイヤーは本件事故につき自賠法三条に基づく責任を負うのであるから、被告東京海上は原告らに対し自賠法一六条一項に基づき保険金額の限度内で後記損害の支払をなすべき義務がある。
4 (損害)
(1) 喜代子の逸失利益
喜代子は本件事故当時満三六歳であり、家事に従事するほか北見市内においてスナックを経営し年額二八三万九七〇〇円の収入を得ていた。よって、同人の就労可能年数を三一年間とし、その逸失利益をライプニッツ方式により中間利息を控除し、更に生活費として三割を控除して算定すれば、金三〇九九万五二一一円となる。
(2) 喜代子の慰藉料 金一六〇〇万円
(3) 損害の填補
第一事故車の自賠責保険金二〇〇〇万円が原告ら喜代子の相続人に対し支払われているので、これを右(1)、(2)の合計額から控除すると金二六九九万五二一一円となる。
(4) 相続
喜代子の死亡により修司及び原告らが被告らに対する前記損害賠償請求権ないしは保険金請求権を相続したが、修司が昭和六〇年一一月七日死亡したため、結局原告らが右各請求権をそれぞれ三分の一の割合で相続により承継した。
5 (結論)
よって、原告ら各自は、被告大谷及び被告金星ハイヤーに対し、連帯してそれぞれ損害賠償金八九九万八四〇四円(円未満四捨五入)及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五八年五月二一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を、被告東京海上に対し、それぞれ保険金六六六万六六六七円(円未満四捨五入)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年七月二七日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否(被告両会社)
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3の(2)の事実中、被告金星ハイヤーが第二事故車を所有し、これを従業員内田数敏に運転させて原告主張の事業を営み、自己のため運行の用に供していたことは認める。
3 同3の(3)の事実中、被告金星ハイヤーと被告東京海上との間で原告主張の保険契約が締結されていたこと、本件事故は右契約の保険期間内に発生したことは認める。
4 同4の(1)の事実中、喜代子が本件事故当時満三六歳であり、北見市内においてスナックを経営していたことは認めるが、その余は争う。同人は昭和五七年度年間営業所得を七九万九四五四円と税務申告しており、同人の年間収入はこの額によるべきである。
5 同4の(2)は争う。
6 同4の(3)及び同(4)の喜代子、修司の相続関係は認める。
三 被告両会社の免責の抗弁
1(1) 被告交差点は、ほぼ南北に通じる道々北見常呂線とほぼ東西に通じる通称山下通りが交差するもので、いずれの道路も毎時四〇キロメートルに速度が制限されていた。車道幅員は道々が一六メートル、山下通りが一一メートルであり、いずれの道路とも両側に幅三メートルの歩道が設けられている。本件交差点には信号機が設置されており、本件事故当時正常に作動していた。本件交差点北東角は駐車場となっており見通しは良いが、他の各角には建物が存在し見通しは悪い。
(2) 第一事故車は、被告大谷らが訓子府町で犯した窃盗事件によりパトカーの追跡を受け、時速一二〇キロメートル以上の速度で道々を北進し、対面信号が赤色を表示していたにもかかわらずこれに従わないで同速度のまま本件交差点に進入した。一方、第二事故車は、山下通りを西進し、対面信号が青色を表示していたので時速五〇キロメートル前後の速度で本件交差点に進入したところ、同車左前部に第一事故車右前部が衝突し、右前方にはね飛ばされて本件交差点北西角の歩道上に乗り上げ、第一事故車も左前方に逸走して右歩道上に乗り上げて停止した。
2 以上に述べたとおり、本件事故は被告大谷の信号無視等の過失により発生したもので、内田は青信号に従って本件交差点に進入したものであるから、信頼の原則により過失はない。同人の一〇キロ前後の速度超過についても、仮に同人が制限速度で本件交差点に進入したとしても本件事故を回避することは不可能であったから、本件事故発生との間に因果関係はない。
3 第二事故車の運行供用者である被告金星ハイヤーには何らの過失はなく、同車には構造上の欠陥も機能の障害もなかった。
4 よって、被告金星ハイヤーは自賠法三条但書により免責されるべきであり、同被告の責任を前提とする被告東京海上の支払義務も否定されるべきである。
四 免責の抗弁に対する認否及び反論
1 免責の抗弁1の(1)の事実は認める。
2 同1の(2)の事実中、第一事故車が本件事故当時パトカーの追跡を受けていたこと、同車が道々を北進して本件交差点に進入したこと、第二事故車が山下通りを西進して本件交差点に進入したこと、同車左前部に第一事故車右前部が衝突したことは認め、本件事故当時の第二事故車の速度が時速五〇キロメートル前後であったことは否認し、その余は不知。第二事故車の速度は時速五〇キロメートル以上であり、時速約六〇キロメートルと推定される。
3 同2の事実中、本件事故につき被告大谷に過失があったことは認めるが、その余は否認する。
内田には、本件交差点直前で制限速度以下に減速し、あるいは徐行、停止すべき注意義務を怠った過失がある。
すなわち、本件事故直前第一事故車を追跡していたパトカーはサイレンを吹鳴させていたから、本件交差点の周辺にも右サイレン音が響き渡っていたものであり、内田も危険を察知して前記各注意義務を尽すべきであった。また、同人が制限速度を遵守していれば、第一事故車との衝突を回避できる可能性があったことを否定できないし、第一事故車の走行状況を前提とした場合第二事故車が衝突地点に達する前に第一事故車は同地点を通過していたはずであるから接触すら免れたはずである。更に、内田が制限速度を遵守していれば、本件の如き重大な結果を招来する事故態様とはならなかった。したがって、内田の制限速度超過の過失と本件事故発生との間に因果関係があることを否定することはできない。
なお、民事訴訟において信頼の原則を適用することが許されるとしても、本件の如く、営業車の乗客が悲惨な事故に巻き込まれた場合には、過失概念を相対的に把えて乗客との関係では信頼の原則を適用しないのが相当である。
4 同3の事実は否認する。
第三証拠《省略》
理由
一 (被告大谷関係)
同被告は、前記出頭懈怠により民事訴訟法一四〇条三項本文を適用して、請求原因事実を自白したものとみなす。右事実によれば(逸失利益算定方法及び慰藉料の額も相当である。)、原告らの同被告に対する請求は理由がある。
二 (被告両会社関係)
1 請求原因1、2の事実、被告金星ハイヤーが第二事故車を所有し、これを同社従業員内田数敏に運転させて一般乗用旅客自動車運送事業を営み、もって第二事故車を自己のため運行の用に供していたこと及び被告東京海上が被告金星ハイヤーとの間で第二事故車につき死亡保険金限度額二〇〇〇万円とする自動車損害賠償責任保険契約を締結しており、本件事故は右契約の保険期間内に発生したことは当事者間に争いがない。
2 (免責の抗弁について)
そこで、被告両会社の免責の抗弁について判断する。
(1) 同抗弁1の(1)の事実(本件交差点及びその周辺の状況、速度規制)及び第一事故車が本件事故当時パトカーの追跡を受けていたこと、同車が道々を北進して本件交差点に進入したこと、第二事故車が山下通りを西進して本件交差点に進入したこと並びに第二事故車左前部に第一事故車右前部が衝突したことは当事者間に争いがない。
(2) 《証拠省略》を総合すれば、次の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。
(イ) 被告大谷は児玉弘徳と共謀して、本件事故当日である昭和五八年五月二一日午前〇時五五分頃、常呂郡訓子府町内で現金窃盗事件を犯した後、第一事故車に両名が同乗して北見市内に向かったが、同市内に入ってから北海道警察北見方面本部北見警察署のパトカーに窃盗被疑者運転車両として追跡され、被告大谷は時速約一三〇キロメートルの速度で対面信号が赤色を表示していたにもかかわらず第一事故車を本件交差点に進入させた。当時、パトカー二台は第一事故車の後方約五〇〇メートル付近をサイレンを吹鳴させて追尾していた。
(ロ) 内田数敏は第二事故車を運転し、時速五二キロメートル前後の速度で対面信号が青色を表示していたので本件交差点に進入した。なお、第二事故車の対向車を運転して本件交差点に差し掛かっていた西尾冨士夫は、本件事故発生の少なくとも五ないし六秒以前に対面信号が青色を表示しているのを確認した。
(ハ) 内田は本件事故発生の直前のそれに極めて接着した時点で急制動の措置をとったが及ばず、衝突後、第二事故車は右前方にはね飛ばされて本件交差点北西角の歩道上に乗り上げ、第一事故車も左前方に逸走して右歩道上に乗り上げて停止した。本件衝突地点は内田が進入した側の本件交差点側端から約九・五メートルの地点であると推定される。
(ニ) 本件事故により、喜代子及び内田、児玉の三名が死亡したほか、被告大谷も重傷を負った。
(3) そこで、以上の事実に基づき内田の過失の有無を検討するに、自動車の運転車としては、本件の如く信号機により交通整理の行なわれている交差点に信号機の表示に従い進入しようとする場合、特段の事情のない限り、左方から交差点に進入しようとする車両もその進路に設置された信号機の表示に従い交差点手前で停止し、自車との衝突等事故の発生を回避する措置をとるものと信頼し、それを前提とする注意義務を尽せば足りるものであり、第一事故車の如く信号を無視して交差点内に猛速で進入しようとする車両のあることまで予見し、交差点手前で減速、徐行あるいは停止して左方の安全を確認すべき注意義務を負担するものではないと解するのが相当である。原告は、喜代子の如き営業者の乗客が悲惨な事故に巻き込まれた場合には信頼の原則を適用すべきではないと主張するが、本件で右原則を適用するのは被告大谷との関係であって喜代子との関係でないことは言うまでもないし、結果の重大性が右原則適用を回避する理由となり得るとも解されないから、右主張は採用できない。
しかして、本件においては、内田が減速等の措置をとったうえ左方の安全を確認すべきであったとすべき特段の事情を認めるに足りる証拠はない。第二事故車が本件交差点に進入しようとする時点で内田がパトカーのサイレン音を聞くことができたとは、第一事故車の速度及び同車とパトカーの間隔からして到底考えられない。
次に、内田に時速一〇キロメートル余の速度超過という道路交通法違反の事実があったことは前述のとおりであるが、同人に左方の安全確認義務のないことは既述のとおりであり、同人が危険を察知した時点では仮に制限速度を遵守していても衝突を避け得なかったことは明らかである。原告は、第一事故車の走行状況を前提とすれば、内田が制限速度で走行した場合第二事故車が衝突地点に達する前に第一事故車は同地点を通過していたはずであるから接触すら免れたはずであると主張するが、この論法は、制限速度内か否かと関係なく各事故車両の速度の相関関係により衝突等の有無を仮定的に言うものに過ぎず(例えば、本件で第一事故車がより低速で進入した場合第二事故車が制限速度内で走行していても衝突した可能性があることになる。)、第二事故車の速度違反と本件事故発生の因果関係の有無を判断するのに適わしいものとは言えない。また、本件事故発生時における第一事故車の速度を前提とすれば、右速度違反により本件の如き重大な結果を招来する事故態様となったとも解することができない。したがって、右速度違反は、それ自体が比較的軽微であるうえ、本件事故発生との間に因果関係がないから、これをもって信頼の原則を適用すべきではないとも内田に本件事故につき過失があるとも言うことはできない。
(4) 以上によれば、本件事故はもっぱら被告大谷の前記信号無視等の過失(同被告に過失があることは当事者間に争いがない。)に基因するもので、内田には過失はないというほかない。本件全証拠によるも、被告金星ハイヤーに過失があること及び第二事故車に構造上の欠陥又は機能の障害が存在したことを窺わせる資料はなく、いずれをも否定するのが相当である。
よって、被告金星ハイヤーに対しては自賠法三条による免責を認めるのが相当であり、同被告の責任を前提とする被告東京海上の支払義務も否定される。
三 (結論)
以上説示のとおり、原告らの請求のうち、被告大谷に対する請求は理由があるから認容し、被告両会社に対する各請求は、その余の点を判断するまでもなく理由がないからいずれも棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 前坂光雄)